宝箱

すきの定義は「心を動かされる」こと

永遠に君に幸あれ~NEWS LIVE TOUR 2020 STORY~

あの夜散々つぶやいたこと、眠る直前までベッドの中で感じたこと、それがすべてだったけど、あまりに様々な感情が渦を巻いて、次に口を開いたらことばが出なかった。どれもしっくりこなかった。わたしは今、何を思っているのか。

 

ライブを見て初めて、ほんとの意味で「なぜ2020を冠したツアーだったのか」を理解できたと思う。

単純に2020年のツアーを2021年に持ってきたわけではなかった。照明が落ちて、再び会場が明るくなるまでの時間、その刹那的な瞬間だけ、わたしはいくら焦がれても叶わなかった2020年にいた。ツアータイトルに"2020"を残したこと、3人仕様のライブに組み替えなかったこと、3人になってから歌った曲がセトリに入っていなかったこと、それはきっと偶然ではなく必然だ。意思だ。メンバーが4人で、チンチャうまっかもカナリアも、そして3人のビューティフルも存在しない、だから「NEWS LIVE TOUR 2020 STORY」だったのだと。

そうする必要があった、NEWSにとって、そしてもしかしたらファンにとって。少なくともわたしにとってこのライブのある瞬間までは「4人のツアー」で、すきになってからNEWSそのものであった4部作が4人で幕を引いたように見えた。救いだった。黒に染まった4人の章の結末を、3人はその上から白いペンでもう一度書いてくれた。2020年のNEWSが見ていた最終章を大事にしてくれて、そして見せてくれたことに感謝しかない。

 

いざ歌って踊る姿を見たら、今のNEWSに一番期待してるのはNEWSだと思った。外から見たら、ボロボロのグループなのかもしれない。3人は残された人たちに見えるのかもしれない。でも、ステージに立つ姿を見たらそれは全くお門違いの推測だったと気がつくでしょう。彼らは今の自分たちに自信がある。残されたのではない、自分の意思でそこにいるのだとまざまざと見せつけられる。自分がすきなグループが、そのグループのメンバーにとって選びたい未来だったこと、それがファンにとってどんなにうれしいことか。

「NEWSまだまだカッコいいっしょ?」とキラキラした目をしたシゲに言われて、泣きながら頷いた。うん。NEWS、ずっとカッコいいし、まだまだカッコいいよ。

 

クローバーを聴いたら、2020年のことを思い出す。特に4月とか、5月とか。ほとんどの時間家にいて、一人だった。聴くのはなんとなくいつも夜だった。どうしようもなく不安でイヤホンを耳に差し込みながら散歩をした夜の冷たさを覚えてる。あの頃、クローバーはまるでお守りのようだったな。会えないけど、NEWSの温度を感じられるこの曲がすきだった。会場で歌われるのを聴いたとき、2020年のいつかの夜、毛布にくるまって小さくなっていた自分が抱きしめられたような感覚になって泣けた。当時の自分に教えてあげたい、「そこは冷たいと思うけど、未来はあたたかいよ」と。

小山さんは、なかったことにしない人だ。音が、ことばが、メロディがあったその空白を、たった一人口ずさんでいるのを見た。今はなくなってしまっても、過去にあったことを消し去らなくてもいいよね。愛しているままでもいいよね。

 

すきになった頃、増田さんはもう少しまっすーをかぶっていたと思う。歌を歌うにしても、まっすーのフィルターを通して音にしていたように見えていた。いわゆるストーリーテラー。きれいに語る人。感情を乗せるのが下手ということを言いたいわけではなく、私情を挟まない印象があった。唯一私情を挟んだように見えたのは、後追いで聴いたテゴマスのまほうのさくらガール。

その牙城を崩したのがU R not aloneだった。この曲を歌う増田さんは、紛れもなく心の底から歌っていた。自分と重ね合わせていて、それがビリビリと空気を伝って届いた。初めて披露されたNEVERLANDから今回のSTORYまで、振り絞るように歌う姿は変わらない。特別なんだと思う。

STORY、また歌の進化を見た。歌というか、ほんとは歌だけじゃない、ダンスも、表情も。ずいぶん自由に、思うがままに、高まりに高まった感情をぶつけるようなパフォーマンスではなかった? 「ここは大事なんだな」とか「今熱くなってるな」とか「気持ちいいんだな」とか、感情のうねりが見えた。ボルテージが上がってることがわかりやすいのは、(‪Dragonism‬〜)夜よ踊れ〜FIGHTERS.COM〜エスのゾーン。リミッターを外して全開、一切容赦してくれないその姿にまたクラクラした。一生敵わない。すき。

 

時間差でチクチクと胸を刺したことばがある。思えば、「抜けた」いじりを一番ポップにしてきたのが増田さんだった。(小山さんはいつも巻き込まれてくれたし、シゲは乗ってこなかった) 対外的にそうしていきたかったのだと思う。テレビとかを見ていてもそうだった。でもサプライズの後、あれはついこぼれてしまったんだと思う。「形を守れなくて申し訳ない」配信が終わってしばらくしてから急にそう言った泣き顔を思い出して、少し、いやかなり苦しくて、胸がちぎれそうになった。自惚れた言い方をするなら、あれは身内にだけ見せた弱音だった。

わたしたちが「NEWSを残してくれてありがとう」「NEWSを守ってくれてありがとう」と思ったこと、きっと"声"を通して伝わった。その上で増田さんは、それでも4人のNEWSを守りきりたかったのだと、それができなかったから、謝っていた。つらかった。届かなかったのではなく、届いてもなお彼は自分を許せなかったように見えた。「許していいよ」なんて、言えない。たとえ誰が許しても、これから先もずっと自分を許さないんだと思う。

自分がすきになって、すきでいた4人のNEWSを失ったことはたしかに苦しかった。目の前が真っ黒で、ゲームオーバーのような気持ちだった。信じていたものが砕ける音を聞いて、もう立てないかもしれないとも思ったし、それならそれでいいと思った。それでもわたしは立ち上がって、STORYを見届けることができた。それは3人がNEWSを選んでくれたから。砕けた破片を宝箱に入れて閉じてしまうのではなく、もう一度繋ぎ合わせて息を吹き込んでくれてよかった。悲しかったよ、悲しいよ、許さなくてもいいよ、でも、うれしいのもほんとだから。STORYも最高のツアーだった。エモーショナルさだけじゃなくて、エンターテイメントとして純粋にたのしかった。だから、悔しさ以上にしあわせを感じてほしい、なんていうのはファンとしてのわたしのエゴかな。今もステージでNEWSとして輝いてくれてありがとう。次に会うときは、いっしょに歌わせて。

ずっと同じ景色見てきたね
君がいるから幸せ
幾千の悲しみや別れ乗り越えて
永遠に君に幸あれ

ステージの真ん中で内側を向いてそう歌うことを選んだNEWSがすきだった。ああ、わたしはNEWSにしあわせでいてほしいんだね。