宝箱

すきの定義は「心を動かされる」こと

一夜に重なる夢と夢〜ミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』〜

オーケストラがチューニングをする音が聴こえる。知らなかった、生演奏なんだ。数分後、幕が上がる。ステージ上部から窓拭きをするフィンチを演じる増田さんが現れた。

「増田さんが、息をしている。ステージの上で」大げさでなくそう思った、あの呼吸を忘れそうな感覚は時間が経った今でも色褪せない。閉塞感と共存したモノクロの日々に色が灯るのを感じた。

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9月、シアターオーブ。増田さんにとって、夢の! 海外ミュージカル! 春からコロナが流行して自粛期間、多忙の夏を乗り越え、そして秋口の当日まで、ずっと「どうか幕が上がりますように」と祈り続け、ようやく迎えたその日だった。

とにかくエンターテイメントの力に心を揺さぶられて、終演後しばらくはなにも言えなかった。最初の音が鳴った瞬間に日常から切り離される感覚、肌で感じる迫力、音や熱のこもった空気に包まれる体験、そのすべてを最大限に感じさせてくれるキャストのパフォーマンス、それはまるで夢のようで。「現場に足を運ぶ」ということの意味、奪われて、返されて、改めてその本質を知ることになったような気がした。

 

あらすじ
主人公のフィンチはビルの窓拭き清掃員。「努力しないで成功する方法」という本を読んだことから「出世したい」と意識するようになり、本の教えの通りに行動することでトントン拍子に出世していく。利己的でずる賢くもありながら、どこか憎めない人柄で大企業ワールドワイド・ウィケット社の社長・ビグリーや社員達をうまく絡めとり、上り詰めた先にはーー。

 

How To Succeed in Business Without Really Tlying(努力しないで出世する方法)

イントロからめちゃくちゃワクワクする! エネルギッシュでテンポ感の良い舞台を象徴するようなオープニングナンバー!窓拭きのリフターが上の階から下の階に降りてくるように、上から登場。手には本。黄色のつなぎ。

〇〇でも登場した「僕はできる」というのはここで発することば。虚勢でも薄っぺらくもない、自信と余裕を含ませながらも愛らしい笑顔とこのことばはフィンチにも、増田さんにもピッタリ。久しぶりに聴いた声と姿に初っ端からジーンとした。

Happy To Keep His Dinner Warm(幸せな奥様)

WWW社に忍び込んだフィンチとローズマリーが出会い、彼女はたちまち彼のことをすきになる。そして結婚して幸せになる夢を語る。パンフレットから訳を持ってきてるんだけど、暖かい晩御飯を用意することが幸せな奥様像というのがおもしろいなぁと思った。パンフレットで振付師のクリス・ベイリーはその在り方を「現代では性差別だととらえられますよね」と言っていて、それに対して「でも今の日本でもローズマリーように考える人もいますし、僕はそれもひとつの考え方だと思います」と返してた。個人的にたしかにベイリーの言う通りであると同時に、逆にローズマリーのような思考の人が肩身が狭くなってるのではと思うようなこともあり、増田さんのその考え方は優しくてすきだった!(ベイリーもその後アメリカでもそうです」とその部分には同意をしている) 

Coffee Break(コーヒーブレイク)

フィンチが出てないのに、一幕で一番すきな場面!ここで言いたいのはひたすらに「コーヒーがないとやってられん!!! 飲みたい!!!」なんだけど、そんなに飲みたいんか!?!?(笑)驚くべきコーヒーへの熱情。それだけで一曲あるの、おもしろい。

コミカルな場面ではあるけど、途中から開いた口が塞がらなかった…… こんなに踊りが激しい舞台は初めて見た! センターに置かれたコーヒーマシンを囲むようにしながら、肩車状態から前身に移動したり、床に転がる秘書の足を引っ張って移動させたり、縦横無尽に動き回る秘書ズの柔軟さと男性社員のパワーにビックリする動きの多いダンスが印象的。

The Company Way(会社の望むまま)

まずは郵便室に配属されたフィンチ。配達物を後ろの棚に入れたり、ハンコを押したり、すべての動作がコミカルでかわいくなるのでミュージカルはステキ〜〜〜!トゥインブルとフィンチの掛け合いがたまらない!考えてみると年上男性とのデュエットもなかなか見ないので、新鮮だった。よかった。

ここで社長の甥というコネで入社したバドと出会う。バドが終始めちゃくちゃいいキャラで視線泥棒だった……! 全身からボンボン・ウザおぼっちゃま感が出ていて、一周回って愛すべきアホの子。フィンチだけでなく、彼も物語を通して変化する。バド視点のスピンオフストーリーがほしい〜〜〜!

A Secretary Is Not A Toy(秘書はオモチャじゃない)

タイトル通りの主張。秘書ズがパワフルですきでした。秘書という一見補佐に見える役割は全部女性が担っているものの、ただの添え物ではなく、自分の意思で物事を切り開いていく強さを持つ、そういった女性像がここで見えた。1960年代のアメリカ、どんな人たちが生き、仕事をしていたのか、そんなことに思いを馳せながら。全く違う時代を生きた存在をなんとなく身近に感じられる舞台だったなぁと思う。

Been A Long Day(長い一日)

仕事が終わり、帰りのエレベーターの中。エレベーターのセットがあり、開閉するドアを背にしたアングルからカゴの中を覗いてる構図。脈があるのかないのか自分もよくわかっていないようなフィンチ、ガンガンにアプローチするローズマリー、2人の仲を取り持ってくれようとするスミティ、3人の掛け合い。

観客に社長・ビグリーと新しく採用された秘書・ヘディ・ラ・ルーの関係性が匂わされるのはこのあたりだったかな? 2人の会話中に通りかかるバドにバレないよう、真面目な話をしているフリをする。

Grand Old lvy(我がオールド・アイビー)

休日出勤(をして仕事に精を出している風に見せかけている最)中のフィンチ。机で変な顔(白目までしてたっけ…… うろ覚え……)しながら寝たフリをしてた。たしかここでジャケット脱いでるんだけど、羽織がないと露骨にガッカリしたからだが見えて、ヒーヒーしたよ……。真横から見るとほんとに厚みがすごい……。締まりすぎてないあたりが余計に(みなまで言わない)

たまたまやってきたビグリーと出身校が同じフリをし、「アナグマ!」(近隣大学同士の愛称のようなものとでもいいましょうか?)と意気揚々にデュエット。ここも何気に運動量が多く、ビグリー役の今井さんも「これ、見た目よりキツイですよ〜!!」と。たしかに、かなり息を切らしてた!(笑)アメフトのモーションをする増田さんがなんだか新鮮でおもしろかった記憶。

Paris Original(パリ・オリジナル)

会社でのパーティー、とっておきのドレスをオーダーメイドしてウキウキのローズマリーだけど、なんとなんとやってくる女性陣次から次へと同じドレス! 最後のヘディまでまるっと全員リボン付ゴールドのドレス、まさか…… そんなこと!(笑)

衣装は全体的にとってもかわいいかったなぁ〜。フィンチはグレー、ローズマリーはピンク、スミティは青など人物ごとにテーマカラーがあり、視覚的にも人を把握しやすくて、舞台ならではの演出なのかなと思った。物語を経るにつれて同じカラーをベースに衣装が変化していくんだけど、例えばフィンチならどんどん良さげなスーツになっていくという。数時間の舞台の中での時間経過の表現として、衣装をそういう風に使うんだと感動した。

Finch Is In Love(恋に落ちたフィンチ)

さてフィンチ、パーティーの宵、バドの企みにより社長室でヘディと二人きり。あろうことかヘディからキスを要求され、あっさり軽くキス……!!!(事前情報をいれてなかったので、驚いたには驚いた) 「この男、出世以外眼中にないのでは」と思わせる瞬間でもあったけれど、そこでまさかローズマリーへの恋心に気づくだなんて、予想外! 他の女性とキスをして、「あれ、この人ではない」と思うことで、逆説的にローズマリーへの想いを自覚するわけですね。

Rosemary(ローズマリー)

Finale Act One(1幕フィナーレ)

フィンチとローズマリーの想いが通じ合って、ハートマークが飛び交っているのが目に見えるようなピンク色の空間。「ローーーズマリーーー」めちゃくちゃローズマリーの名前を呼ぶ。ここのある種のクライマックス感はすごかった、2人において一つの山場だもんね。リズムとるのが難しそうな歌。低音と高音のハーモニー。

ちなみにフィンチ、明らかに自覚前とローズマリーを見る目が違って、ドキッとした……。まさに付き合いたての2人のように、すーーーごい甘い表情をしていたわけです……。

 

Cinderella, Darling(シンデレラ、諦めないで)

Happy To Keep His Dinner Warm(Reprise)(幸せな奥様)(リプリーズ)

さてさて、一人部屋を用意されるほどに出世していくフィンチ。秘書に命じられたローズマリーは、「秘書という関係性だと結婚できない」と何度も仕事を辞めようとする。そんなローズマリーに対して「結婚することはもう決まってることだろう?」と確定事項として伝える台詞があって、それが言い方含めてとんでもなく男らしくて最高でした……。自信のある男……。

Love From A Heart of Gold(愛の宝物)

ビグリーとヘディの場面。どんな顔して見てたらいいかわからない場面ナンバーワンだった……(社長と愛人のラブシーンなので……) 与えてもらった秘書の仕事辞めて遠くへ行きたいヘディ、手放したくないビグリー。

Gotta Stop That Man(あいつを止めないと)

I Believe In You(君を信じてる) 

順風満帆にエリート街道まっしぐらのフィンチをよく思わない男性社員。これまでとはガラッと雰囲気が変わり、だんだん暗雲が立ち込めてきた。

このあたりでフィンチ対男性社員複数人の掛け合いがあった(と思う)んだけど、声量や声の強さが一人でも負けていなくて度肝を抜かれたな〜。増田さんってあたたかくて丸い、なんとなく「迫力」からは遠い歌声のように思っていたけど、ここでは周りをのみこむような強さがあったように感じた。低音がこんなに響くなんて知らなかった、とはこの舞台を通して何度も思ったこと。

人がすぐに入れ替わる宣伝部長というポジションに就いたフィンチは企画を練ることに。なかなか思いつかない中、バドが持ち込んだ宝探し番組をアレンジし、会社の株を景品にすることを思いつく。宝探し自体は元々バドが社長に提案し却下された企画だったが、うまいことプレゼンをし、番組放送までこぎつける。

プレゼンの前だったかな、洗面台で自分を鼓舞する姿、孤独でプライド高いエリートマンの顔は全編通して上位に入るカッコ良さ。

Pirate Dance(海賊ダンス)

I Believe In You(Reprise)(君を信じてる)(リプリーズ)

しかし手を組んだお宝ガール(番組の賑やかしポジション)・ヘディがお宝のありかを暴露してしまい、企画は大失敗(ちなみにその情報は社長がバラしてしまっていたのだった……) 「この企画がヤラセでないと、キリストに誓える?」と司会者にけしかけられて嘘をつけなかったヘディを見て、クリスチャンなんだ〜と思った。この時代のアメリカの(もちろん一部ではあるけれど)思想観がナチュラルに垣間見える。 

失敗した責任を問われるフィンチ、ここで本からのアドバイスは「最初に戻ること」。つまり窓拭き。その場を去りかけたフィンチは会社に見つかり、憔悴しきったまま重役会議で裁かれそうになる。

ここでなんと、元々窓拭きだった会長に気に入られる。「ピカーーーン!(ひらめき顔)」発動!!! 毎回毎回いい表情なんだけど、どうにも説明がつかない! う〜ん、しいて言うならいいボケを思いついたときの顔?(笑)

Brotherhood Of Man(世界は一つ)

フィナーレ前のクライマックス、パフォーマンスのすごさが頭に残り、ここまでどういう流れだったか記憶が曖昧なんだけど……「人類みな兄弟だ〜! 」とその場にいたジョーンズ+男性キャスト勢で歌い踊り始める。

とにかくここです。一番の見せ場。すごかった。今までの山も谷も全部ここのためにあったんだと思うほどの熱量。ターンひとつをとっても普段の「魅せる」とは少し違い、気迫を感じる動きではあったけど、全体的な踊りの仕草にはジャニーズプライドが滲んでいて、フィンチだけど増田さんだった。すきだったのは、手をからだに這わせるような振付!息を吐く間もなく舞台上から飛び込んでくる音と映像と熱量、圧倒的な情報量に飲み込まれる観覚が忘れられません。

Finale(フィナーレ)

Bows(カーテンコール)

前髪を分けて出てきてひっくり返りそうになったのは、ここでしたか……!?

内心悲鳴あげてたくらいなので、記憶が定かではない……。おろしていた前髪を分けて、これまでのファンチとは違う印象で登場。スーツでそのヘアスタイルはさらにめちゃくちゃカッコいいので、心臓に悪いです。

最終的にフィンチは会長に就任。会長はなんとヘディと結婚し、新婚旅行へ……。ローズマリーとの結婚も無事叶い、「努力しないで出世する」を完遂したところで物語は終わる。しかし上には上がいる。まだまだファンチは上り詰めるチャンスを逃さないだろう、という締め。

 

フィンチ、野心家で小賢しくて出世のためなら周りも顧みない、ともすればただの「嫌なヤツ」にも見えかねないのに、増田さんから滲み出るチャーミングさによって「憎めないヤツ」に見えていたの、すごい。

てる部分はありつつ、やっぱり最初から最後までフィンチという役に乗り移っていたように思う。カーテンコールで初めて"増田さん"を見て、胸がギュッとした。途中「増田さんの舞台だから」がきっかけで観にきたことも忘れるほど(!)すごくおもしろいミュージカルだったし、増田さん自身も手応えがあったんだと思う。晴々と、堂々と、それでいて主張の強くない余裕さを感じさせる佇まいで客席に顔を見せてくれた。背伸びなど感じさせない、ありのままで夢の海外ミュージカルを乗り切ったのだと解り、その大きい背中をぼーっと眺めてた。

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無事に幕が上がったこと、キャストや観客が健康なまま最後まで走り切り、大千穐楽のその日に幕を下ろせたこと、特に今年においては全部あたりまえではなかった。だからこそ全公演終えられたことがまずとにかくうれしい。奇跡のようだけど、わたしは舞台にかける愛が運んできてくれた結果だと思う。実現してくれた座長を始めとしたキャスト・製作陣の方々の努力を想像するだけで感謝の気持ちでいっぱいになる。

前回の現場から231日、決まっていたライブのチケットも全て払い戻しが終わり、さらに仕事が忙しく余裕のない日々を送っていたタイミングでこの舞台。訪れたその場所、目の前に広がる光景はまるで夢のようで。うん、今思い返しても夢だったんじゃないかと思うほどに、鬱々としていた日常を忘れさせてくれる最高のエンターテイメントを体験をさせてもらった。満員の客席から拍手を送ることはできなかったけど、ライブができない日々を経た後だからこそ、目の前に観客がいることがあなたの心を少しでも潤していれば冥利に尽きます。

 

夢を叶えてくれてありがとう。夢を見せてくれてありがとう。これから先もずっとたのしみです。